苦しみとはなんだろうか

  • 2020.07.31 Friday
  • 11:10

覚醒の炎 プンジャジの教え 26Pより

 

苦しみはなぜ繰り返すのでしょうか?

 

苦しみとはなんだろうか?「私は源にいない」、これが苦しみだ。それだけだ。

「私は今、我が家にいない」が苦しみなのだ。

 

覚醒の段階が進んでくると、源の果てしない恩寵がこの世界の全てであり、

 

その温かさの中に全てが溶け去る経験をするでしょう。

 

その温かい親鳥の羽の下である「源の恩寵」に庇護されたひな鳥である「私達」は、

 

偽りの私と同一化すること(外の世界を彷徨い出ること)はやめ、

 

永遠にこの源の温かさに包まれていたいと思うかもしれませんね。

 

そんな気持ちになるのは当たり前です。

 

むしろそれが純粋な原初の状態=家、なのですから。

 

 

 

しかし、覚醒の段階が進んで来ていても、心の潜在的傾向(ヴァーサナー)のせいで、

 

外側に意識が彷徨い出すことが繰り返され、

 

それとともに、彷徨い出した心は更なる苦しみを引き連れて帰ってくるということが起こります。

 

そう言うことが繰り返されるうちに、「私の修練は失敗しているのかもしれない」と、

 

めげそうになったり、源の恩寵を信じられなくなる人も居るかもしれません。

 

「私は身体だ」という概念は、あなたを源から連れだした。

そしてひとたび源から離れれば、果てしない苦しみが続くことは避けられない。

 

自分の身体が、自分自身であると、そして自分の記憶が絶対的な真実であると考えてしまうのは、

 

長年培われて来てしまったほこりや垢のようなものですから、

 

そんなに簡単にはぬぐい去れません。当たり前です。

 

だって、幼少期から、親兄弟親戚に、あなたは〇〇だよと刷り込まれ

 

自分も自分を限界あるものとして認識し、教育され、生きてしまっているんです。

 

 

 

洗脳とも言える「偽りへの自己同一化」が、如何に強固なものであるか。

 

もっと言えば集団的無意識を形成しているのも、偽りへの自己同一化が原因と言って言いでしょう。

 

この同一化はあまりに強固なので、滅ぼすためには瞑想や修練では追いつかず、

 

大掛かりな放棄のイベントも必要となってしまう人もいるでしょう。

 

例えば家出や、自死などのように・・・

 

または集団的無意識においては戦争での放棄さえも起こってしまいます。

 

それはできれば避けたいので、個々から始まる修練で偽りの自己同一化を乗り越えられることが理想です。

 

 

 

歴史は繰り返され、滅ぼされ、一から出直す。

 

シヴァが破壊と再生の神として最高神に祀られていらっしゃることもうなづけます。

 

長くなってしまいましたが、全ての苦しみの原因は、「偽りの自己同一化」であり、

 

一旦源に手が届いたら、必死の思いでしがみつく努力をすることです。

 

本来努力なくても、源は全ての背景にあるのですが・・・

 

 

「彷徨う心よ、お家に帰りなさい。」

 

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  • 2020.08.12 Wednesday
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